絶望の淵から立ち上がった女性に会った


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昨日の夕ごはん

エビフライと野菜の盛り合わせ、キムチ、かぼちゃの甘煮、豆腐とえのきの味噌汁、いなり寿司

思いがけず帰宅が遅くなり炊飯予約をして出かけなかったので、

前日冷凍庫に入れたいなり寿司を解凍して頂いた

エビフライも冷凍の買い置きを揚げて一品

これは私の分の写真だが、写真撮影後、夫に私のいなり寿司を一個あげて、

6個盛り付けたが足りず

食後なんとインスタントラーメンを所望

夫は昼食が足りなかったらしく、夜で帳尻をあわせた模様で慌てた

初めて会ったご婦人二人に感動

昨日は朝から多くの人と会って話しをした

帰宅してからブログを更新するエネルギーが残っていないだろうと判断して、

少しの合間を見て更新したのだけれど、

皆さんが訪問してくださり、

応援のポチまでしてくださり感謝

さて、今日は昨日出会った方々の中でもとても印象に残った出来事を記録しよう

昨日、二人の女性と対面した

お二人共70代後半に見受けられた

最初に会ったAさんは白髪がよくお似合いの品のある女性

ご主人は研究職で海外駐在経験もお有り

お話していて彼女も「婦人之友」の愛読者であることを知った

共通の知人もいることがわかり、話題が盛り上がったが、

実は今回はそのことで面会したのではない

今回は、彼女の友人であるBさんに是非会って欲しいとの依頼であった

婦人之友関係の話しもそこそこに私と仲間はBさんの入院している病院へ向かった

Bさんはフリールームで車椅子に座り私たちを待っておられた

Bさんは一人暮らしをしていたが、

昨年11月に突然自宅で倒れ、三日目にご近所の人に発見され一命をとりとめた

しかし、右半身に麻痺が残った

初対面の私たちにBさんは倒れた時の状況を話されたが、それは壮絶なものだった

発作が起こる数時間前に右半身に少し違和感を感じた

その後突然の発作

右半身に全く感覚がない、その恐怖

無我夢中でベッドから起き上がったが歩くことが出来ず、

床に倒れたまま左手で布団を引きずり下ろした

それにくるまり、助けを待ったが、

右半身がだめになったと知った時、

やりたいことも十分したし美味しいものもたくさん食べた

「私の人生、もうこれで終わってもいい」と思ったという

それから三日間彼女は倒れた姿のまま死の淵を彷徨った

混濁する意識のなかで「もし、生き残ることが出来たなら、

これからは全く別の生き方をしよう」というもう一人の声を聞いたという

三日目の朝、彼女の異変に気づいた近所の人が玄関のチャイムを鳴らした

彼女は必死で助けを求め救出された

病院に搬送された彼女のリハビリが始まると、

今度は「こんなことをして何になる」という虚しさがこみ上げてきた

彼女はそれまでとても健康に過ごしていた

とても明るい性格で行動的

入院する前の元気だった彼女の写真を見せてもらったが、

70代後半には全くみえない

実年齢より10歳は若く見えた

目の前に座っている頬もこけて車椅子に座っている彼女と同一人物とは思えず、

Bさんのこの数ヶ月の苦しみの深さを感じた

彼女いわく、彼女のそれまでの人生はいわば強者の人生で、

経済面、健康面すべて恵まれ施しをする側であった

入院生活を送るにつれ、それが一転して自分が弱者になったと思い知り、

打ちのめされたという

それと同時に、施しをする側の本心が手にとるようにわかるようになり、

些細なことでも傷つくようになった

そんな経験を積むうちに、

自分が今までどんな気持ちで弱者に対してきたのかと、

自らの心深くにある汚れを見つめる時が与えられた

落ち込む日々が続く中で、リハビリにも気持ちが入らず、

投げやりな気分になっていたが、ある時、若い介護士が一生懸命指導する姿に感動

この気持ちに応えなければ、、という気持ちに

しかし、それでも日によって「もう死にたい」という気持ちと、

「いや生きなければ」という気持ちの狭間に立って苦しむという

私は話しを聞いていて、私だったらどんな気持ちになるだろうと考えた

もし、誰か私を必要とする家族がいるなら頑張ろうと思うだろう

けれども、そうでなかったとしたら、

私を必要とする人が誰もいなかったとしたら、、、、

「生きよう」と思う気持ちになるかわからない

でも今回彼女は「生きる」ことを強く願って友であるAさんに相談した

そしてAさんもなんとかBさんに力になろうと、体調が優れないなかにあって、

つてを頼って使命感を持って遠くの私たちのところまで出かけてきた

高齢のこのお二人の姿に私も感動で心がふるえた

人はひとりで生きているのではない

周りのたくさんの人の助けがあってBさんは生かされていると感じた

そのエネルギーが今Bさんの生きる力となっているのだ

私たちはこれからBさんをサポートしていくことになった

いや、サポートというのではない

私たちもBさんを通して「生きる」ことを考える機会を与えられるのだ

Bさんはご自分を弱者とおっしゃったが、

与え与えられる者という関係ではなく、互いに与えられる関係が正しい

Bさんの生きざまは周りの人たちにも力を与えていくだろう

絶望の淵から立ち上がった人のもつ力

私はそれに感動した


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