「ガン」と宣告された女性を前に・・・

昨日の夕ごはん

鶏ももと野菜の炊合せ、茄子と青唐辛子味噌、紅生姜入り卵焼き、

大根と揚げの味噌汁、麦入りご飯

60にもなって卵焼きがうまく焼けない

料理が苦手なのに写真を載せているのは、

他に毎日公開する写真がないのと、自分の記録のため

いつか自分のブログを見て、

こんなの食べていたんだなぁと思い返す日がくるかもしれない、、、、

友人のお母さんがガンで手術となった

先日、「ガン」と宣告された友人のお母さんに初めて会った

お母さん(70代後半)は夏から体調を崩し、

精密検査の結果ガンと診断され今月中旬手術となった

お母さんは重い病気の疑いがかかってから、

心が非常に不安定になり同居している友人にすがるようになった

友人は両親と同居している

お父さんは健在だが、お母さんは友人と立場が逆転したように、

友人を親のように頼り、病院に行く時も友人に付き添ってもらっている

お母さんが体調を崩すまで、

友人はいつまでもその家の娘さんといったふうに生活していた

ところが今回のことで、お母さんが急に子供のようになってしまい、

友人はとても戸惑った

加えて、お母さんの前ではしっかりした素振りを見せねば、、と、

大きなプレッシャーを抱え毎日過ごしている

お母さんも心配だが、それを支える友人も大変だ

何しろそれまでは本当に50代には見えないくらい、

初々しい感じの女性だったから、、、、

友人のお母さんを見ていて、

最初はなぜこんなに動揺するのかと驚いた

70代後半といえば、もう堂々たる高齢者である

今までずっと健康だったのでこんなに動揺するのだろうか

「がん」と診断され治療を受け、回復した人もたくさんいる

いや、それより、

人はおぎゃあと生まれたときから死に向かっている

誰も死を免れない

それなのに、我を失うほど動揺したことに私は驚いた

そして、娘である友人の話しを聞けば聞くほど、

お父さんの存在が全く見えない

お母さんと友人はとても仲の良い親子関係だった

お互いに依存関係にあったと思う

もし私にこのように慕わしい娘がいて同居していたとしたら、

やはりこのお母さんと同じように娘に頼っていたかもしれない

娘のいない私は、

最初はこのお母さんを自分とは全くかけ離れた存在として見ていたけれど、

果たして自分はそんなに強い心を持っているかと自問すると、

やはり当事者になってみないとわからない、と思うに至った

私は今まで二度にわたり大きな手術をしている

10代の頃パニック障害となり、

20代もその病に苦しみ、常に不安感にさいなまれた

息子の出産では、出血多量で生死をさまよった

30代は子宮内膜症で生理のたびに大出血

貧血の治療を受けていた

40代になって限界になり子宮全摘、翌年今度は卵巣嚢腫で全摘

50代になってやっとパニック障害も克服し、人並みの健康を手に入れた

私は人生のほとんどの時間を体調不良で過ごしたこともあって、

若い頃から自分は50代で死ぬだろうと思って生活していた

それが今月60歳を迎える

これからの人生はおまけのような時間である

しかし、「がん」はまだ経験していない

死ぬのはしょうがないにしても、

抗がん剤の副作用が怖い

痛みも想像できない

友人のお母さんはなにが不安で動揺しているのか、、

「死」が不安なのか、手術が不安なのか、その後の治療か、、、、

ニンゲン未知なことに向かっていくのに不安を覚えて当然だ

でも一方で冷静に最期のときを迎える人もいることは事実

この違いは何なのだ、、、、

ニンゲンは死をまえにその人の生き様がはっきりと現れるのだろうか

今月一年ぶりに健診を受ける

年に一回の健診だが、毎回結果を聞くまでは落ちつかない

そんなこともあって、

友人のお母さんのことをいつも意識している

友人の悩む様子を見ていて私も苦しい

もし、なにか異常があったとしても、

息子の前では落ち着いていたいと思う

では、誰の前で私の心の弱さを見せることができるだろう

夫と言いたいところだが、

夫は親しい友人もいないので、一人残されることを思い、私以上に動揺するかもしれない

将来に備え、普段からいずれ別れが来ることを意識して生活したいと思う

60代は、夫と互いのゴールを見据えて生きていきたい



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