莫大な借金を背負った医師が亡くなった

昨日の夕ごはん

さんまの生姜煮、かぶとしめじかまぼこの炊合せ、あさりの味噌汁、ご飯、

マスカット(写真なし)

姉から父の従兄弟が亡くなっていたと連絡があったので、

香典を送るため郵便局へ

その近所に激安スーパーがあるので寄り、

あさりや海産物を中心に購入

コロナの感染が急速に拡大しているというので、

つい多めに購入してしまう

今月は食費の予算オーバーは避けられないだろう

今日の昼ごはん

休暇中は夫に毎日出来たての麺を、、、というスローガンだったので、

昼は豚ひき肉と小松菜を入れて担々麺を作ってみた

夫は美味しいと言っていたけれど、私は得手でない

やはりラーメンは素朴な出汁で作った醤油味が好き

亡き父の不安

今回、亡くなった父の従兄弟である医師A氏は、

彼の父が株で一財産稼いた資金をもとに、

半世紀ほど前当地の中心部に土地付きのビルを購入

30代後半だったA氏はそこで入院施設も整った病院を開業した

私が結婚して当地に住み始めた時、

幼い私の息子が熱を出した時など、

その病院で診察を受けるといつも無料で治療してくれた

しかし、そこは医療激戦区で、

A氏の病院は次第に経営が苦しくなり、

管理費用のかかる入院施設は廃業して、内科医院として再スタート

それでも周りにどんどん新しい病院が出来て、

とうとうその病院を閉じたが、

その時点で医療設備に投資した器具の借金が相当残っていた

A氏は従兄弟である父とは兄弟のように育ち親しかったので、

廃業に至る経緯や心情を父に話していた

息子が医学部に入ってから、

父は私に息子は生涯勤務医でいること

決して病院経営はしないようにと何度も言った

A氏は生涯働いてもその借金を払うことができないので、

生命保険をかけて死後そのおカネで借金を払い終える手続きをしたとのこと、、、

父はよほどショックを受けたのだろう

最期の時も息子宛に遺書を書き、

「決して病院経営はしないこと」と念を押して亡くなった

喪中ハガキを見るとA氏は80代後半だつた

ネットで名前を検索してみると、

亡くなる直前まで隣町の病院に週一日勤務していた

家は当地なので、一時間ほど運転して通っていたのだろうと思う

私が子育てしていた頃、私の周りには子供を医者にしたいと願う親は多かった

しかし、今はどうだろう

新型コロナの問題が起きた時、

医療従事者が差別されるニュースが流れた

うちの孫は病院施設内の保育所に通っているが、

そうでなければ「来ないでください」と言われることがあったかもしれない

日本ではあまり聞こえてこないけれど、

海外では多くの医師が新型コロナに感染して亡くなった

収入面だけみれば、安定している職業かもしれないが、

コロナの患者に最前線で治療している息子を思う時、

私の心は複雑だ

毎日息子一家が感染から守られることを祈っている

A氏の息子は誰一人医師にはならなかった

医師は華やかな印象があるが、

中にはA氏のように生涯借金を背負うことになる人もいる

人の一生は様々だ

何をやってもリスクはあるが、、、

しかし、

私は、失敗をしても最期まで自分の人生に向き合ったA氏を尊敬する

A氏の冥福を心から祈りたい



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