他人に親切にできて身内に出来ない自分に苦しむ

今日の昼ごはんと夕ごはん

昼ごはん

オムレツ、大根菜のコンソメスープ

夕ごはん

茄子の甜麺醤炒め丼、大根とかいわれの味噌汁

きゅうりとカニ風味かまぼこの三杯酢、りんごのはちみつバター煮

冷凍庫のストックがひき肉だけになったので、

しばらくひき肉メニューが続く予定 (^o^;)

他人に親切ができて身内に出来ないそのわけを考えた

昨日、国際空港でPCR検査の不備のため、出国が一日延びたスイス人の学者殿は、

再度羽田でPCR検査を受け直し無事スイスへと旅立ったことを聞き、

関係者一同やれやれと胸をなでおろした

彼の奥様には「何かあったらすぐに駆けつける」と申し出た

他人には親切な言葉が出る私なのに、

姉やその家族にはそういう気持ちにならない、、、

なぜなのだろう、、と、自分の気持ちに向き合った

すると私のうちに姉に対する恨めしい気持ちがくすぶり続けていることに気がついた

と言っても、姉とは父が亡くなってからほとんど会っていない

一体姉の何が私をこんなに頑なにしているのか思い巡らすと、

姉が無意識に放った言葉が私の心の奥深くに刺さり、

そこがいつまでも膿んでいる状態なのだということに気がついた

例えば、

田舎の実家に帰省する時、途中スーパーに寄り、

何か買って行くものはないかと聞いた時、

「ハム買ってきてくれる?

だけど、あなたのうちで食べるような安いハムはだめよ

一番高いのじゃなければ、うちでは誰も食べないの」

夫の着ている服を見て後から私に、

「ねえ、どこに行ったらあんな変な服売ってるの?」

「こんにちは」や「久しぶり!」と言う挨拶もそこそこに、

会うなり「あなた知ってる?髪の毛白髪だらけよ」など、

直球が飛んでくる

他人なら絶対言わないような言葉が矢のように降ってくるのだから、

たまらない

こんな言葉を笑ってやり過ごす器のニンゲンになりたいものだが、

私もまだまだ小さなニンゲンなので、姉には近寄らないのが一番と、

最小限の付き合いしかしなくなった

いや、問題の根はもっと深い

成長の過程で両親の姉と私に対する待遇の差もあったので、

私はその理不尽に対する怒りを姉に向けているとも感じる

もうそんな昔のことは忘れようと理性では思っても、

なかなか簡単に忘れることはできない

それが私たちきょうだいの関係に大きな影響を与えているとも思える

今回は甥家族がコロナに感染したので、

私も夫の親友の奥様に申し出たように、

「私になにか出来ることはありますか?」と言えたらと願うが、

どうしても伝えることができない

甥に万が一のことがあったら、私は自分の冷たい態度に苦しむだろう

今回のことを通しても、

「人を許す」ということは私には到底不可能と感じている

姉は私を単なる変人だと片付けているようだ

姉と妹の埋まらぬ溝、、、

血がつながっているだけに、根は深いと感じる

今はせめて身内に親切に出来ない分、

他人に出来ることはしてあげたいと願う

そうしなければ、

私は心の中に渦巻く冷たい感情におののくばかりだ


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