昨日の夕ごはん
エビフライと野菜盛り合わせ、スモークサーモンのマリネ(常備菜)、じゃがいもと高野豆腐の炊合せ、
小松菜と揚げの味噌汁、九穀米入りご飯
仕事で帰宅が遅くなったので冷凍のエビフライをメインに
一パック6尾入りのエビフライを一人分に盛り付けたけれど、
さすがにこの年になると食べきれず、夫に一尾あげた
前日戻した高野豆腐で一品と思いありあわせの野菜などで煮てみた
日曜日は帰宅が遅くなるので冷凍食品と決めて何か買い置きをしておくと、
外食しなくて済む
後味の悪いブログ
いつもはブログを書き終えた後、気持ちが整理されてすっきりするのに、
昨日のブログは仕事の合間に更新したこともあって、
更新後モヤモヤした気持ちを引きずった
夜になって夫と話しをする時間が与えられたので、私の疑問を聞いてみた
それは、もし夫の父が生きていたら今の実家の有り様を見てどう思うかということである
生前は近くに住む親戚縁者が集まり盆正月はそれはにぎやかなものだった
亡き義母は信仰篤き人だったので朝晩の勤行は欠かさなかった
それが、今や家屋敷も住む人もなく荒れ果て、先祖代々の墓じまいも時間の問題
後継者である甥はもう20年も親戚の前に姿を見せず
義母の葬式さえ欠席した
すると夫は、
「親父だってしょうがないと思っているだろう」と言ってから説明に入った
私の話しは2つの問題に分けて考えるべきである
それは今の日本の農家の現実を含む後継者のいない農家の問題、
そして兄嫁の影響を受けた甥の実家に対する私たちとの考えの相違
以下は夫の話し
まず、後継者のいない農家の問題
これは今の日本の農家の問題をそのまま反映している
実家は分家の立場で代々農業を営んできた
親父の前の世代まではそれで一家なんとか食べていく事はできた
しかし、親父の代で日本は高度成長期を迎えた
この国が経済的に豊かになるにつれ、
子どもらにはもっと楽な生活をさせてやりたいと願うのは当然だ
しかし、
現金収入がない農家では子どもに教育も受けさせることができない
そこで親父は農家に見切りをつけ子どもには農家を継がせることは考えず、
教育を受けさせ給料取りになることを望み、
自らは出稼ぎに出てその資金を作った
親父の望んだ通り息子、孫は出世
結果、畑は荒れ家も無人となった
親父は墓だけは子孫が守ってくれることを期待していたかもしれないが、
結果は「しょうがない」こととして受け入れるしかない
日本の政治が農家を見捨てた結果、今や日本中でこのような現象をみることができる
あと数十年したら実家の地域も限界集落になるだろう
これはもはや個人の問題ではない日本の現実なのだ
キミが持つ感情は貧しい農家の現実を知らないものの感情だ
朝から晩まで必死に働いても食べていくことがやっとの生活がどんなものかキミにはわかるまい
親父が先祖から受け継いた土地に見切りをつけてまで、
息子に給料取りになってもらいたいと願った気持ちは、
あの生活を経験した者でしかわからないだろう
甥が祖母の葬式にも出ず、その後の親戚が集まる法要にも一切顔を出さぬのは、
親である兄嫁の義母や親戚に対する感情が強く影響しているだろう
それは元を正せは兄夫婦の関係に問題があったからだと思う
兄夫婦は40代の時離婚寸前まで夫婦関係が冷え切ったことがあった
兄嫁には兄の親戚とは関わりたくない思いがあるのではないか
それが息子である甥の実家に対して冷淡な態度になって現れていると思う
夫はここまで話すと最後に一言「兄貴の代であの家はなくなるだろう」と言って背を向けた
私は己の無知と鈍感さを恥じた
夫はあの家でどんな生活をしてきたのか、
結婚して30数年になるけれど積極的に語ることはなかった
それだけ生きていくうえで辛く苦しいことがあったのだろう
私が今の生活に不満を述べると「そうかい、僕はとても幸せだ」といつも答える
その言葉の裏にある夫の背景を深く考えることはなかったように思う
失われていくことを「しょうがない」と言うその言葉の奥にある深い想い
簡単に解決しない複雑な事情
自分一人のちからではどうしようもない大きな問題
それを受け入れるしかない現実
それがあっての「しょうがない」なのだ
甥の態度も残念だが「しょうがない」ことである
複雑なニンゲンの感情が絡まり、今日に至っている
これからも先も法要などで甥が父親の親戚の前に現れることがないと思うけれど、
兄夫婦とそのきょうだいが生きている間は集まって故人を偲びたい
「しょうがない」という言葉は諦めの気持ちの表現と思っていたけれど、
いっぽうで、その言葉によって前に進むちからもある
生きていく上で解決できない問題のほうが多い
しかし、それを踏まえて一日一日を積み重ねていくのが人生
そんなことを考えながら眠りについた