最期の時、何を想い死に向かうのか

昨日の夕ごはん

ベビーホタテと小松菜のオイスターソース炒め、茄子とピーマンの味噌炒め、アスパラ・トマト・卵のサラダ、玉ねぎと揚げの味噌汁、九穀米入りご飯

「私をお母さんだと思って甘えて」と仰った友人R子さんが旦那様の運転で我が家まで沢山の食材や消毒液を持って来てくださった

鮭、イカ、ホッケ、数の子、ウニ、ホヤなど
こちらは銘菓、果物、野菜、イカ飯、いくらなど
消毒剤あれこれ、、

早速頂いたアスパラや茄子でおかずを作った

高価な食材は何か特別な時に、、と冷凍庫に入れた

年に何度か「冷蔵庫の整理に食べて頂戴」と持ってきてくれるが、わざわざ買ってきたと思われるものがほとんど

実の親でもこんなに食べ物を持ってきてくれたことはなかった

R子さんのひとり息子は遠く離れて暮らしている

R子さんは、別に家庭を築いた息子とは、もう二度と共に生活することはないと覚悟している

そして、同じようにひとり息子が遠くで家庭を持ち生活している私の寂しさに深く共感し、

食べ物を持ってくることで力付けたいとと思っていらっしゃるようだ

私はこんなにも情が深い人を知らない

甘えて欲しい

それが彼女が私に望むことだ

誰かに頼られることで、喜びを感じる

自分はそういうニンゲンなのだから、

どうか頼ってくださいと彼女は言う

そして私は

70代後半となった彼女と旦那様の生活が一日でも長く続くことを祈ることで、その気持ちに応えようと思っている

血を分けたきょうだいとは、親の死後疎遠になってしまったが、

こうして親身になって関わってくれる存在がいることに大きな励ましを受けている

あれから、先日会った死を免れた女性の事に思いを巡らしている

全ての人はいつか必ず死を迎える

私の母なように突然事故によって亡くなる人もいるが、

病によって或いは老いることによって、徐々に健康を失い、

誰かの助けなしには生きることができない状態になってその日を迎える人もいる

そうなった時、

私というニンゲンを支えるものは何かと考える

生還した女性に最初に会った時の言葉が忘れられない

彼女は「私は神さまに生かされたと思った」と語った

“自分は神に生きている必要があると思われ生きている”

終わりの時、最期の一息までそれを信じて生きていきたいと願う



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