夫と寝所をともにする選択

昨日耳鼻科に行き、横になった時咳が出ることを相談したら、

枕を高くして寝ることを勧められた

早速枕の下に厚めのバスタオルを畳んで置き、

いつもより4センチほど枕を高くして寝たら、咳に苦しむことなく朝まで熟睡

日中もまだ喉に多少の違和感はあるものの、ほとんど咳をしなくなった

今日はもともと何も予定を入れていなかったので、

今日一日薬を飲んで明日から通常通りの生活をしようと思う

それと同時に夫とも寝所を共にしようと思う

この歳になると特に寝所を共にする必要もないけれど、

寝所を別にするとなにか夫がただの同居人のような気がしていけない

確かに夜寝付くまで私が好きなだけ照明をつけて過ごす事ができるし、

ラジオも聴くことができる

しかし、誰かのために配慮するということも私にとって必要だ

私の場合自分の好き勝手に過ごしていると、他人と同じ空間にいることが面倒になる

夫は私と他人とを繋げる存在

夫が快適に過ごすために自分の時間を使うことで、

他人に対してもニュートラルな状態になっていてすぐに行動できる

それと、もうひとつ隠れた理由がある

昨夜、オルガンを練習していたら珍しく家の電話がなった

出ると夫の親友Mからであった

見ると、私のLINEにも彼からメッセージと着信があったので、

私に用かと思ったけれど、私は「風邪で声が出ないので」とすぐに夫に取り次いだ

Mからは年に数回電話がくる

特に用もない、自分の近況を話して終わり

今回もそうだったようだ

Mは私に対して好意を持っているから私にLINEをよこすのだろう

私も女なので、夫との関係がうまくいかない時LINEがくると、

ついそれに反応していたが、

今年の春、夫と私の親友との「事件」があってから、

私も夫の親友と関わることに慎重になった

(「事件」とは、夫の誕生日に私の親友が夫をコンサートに誘った出来事をさす

夫は親友に他にも同伴者がいることを確認して出かけたが、

コンサートが始まると同伴者は消え、夫と親友は二人きりになった

親友のこの行いは私と夫にとって、とてもショックな出来事であった)

もう何十年も続いたそれぞれの友情

この事件をきっかけに、

私達夫婦はお互いの親友に対して緊張感に欠いていたと反省

以来、私も夫も互いの親友に関しては、気を遣うようになった

私の親友の夫に対する積極的な態度には非常に驚いたが、

私が夫の親友と電話で他愛もない話を長々とすることも、

互いのためになんの益にもならないことに気がついた

ただの暇つぶしに付き合うだけと思っていたけれど、

そこからは何も生まれない

ただ夫を不快な気分にするだけ

自分が経験して初めて相手の気持がわかったというわけだ

今年になってから聖書を通読している

聖書を読むと自分の「罪」に敏感になる

夫の親友に関わることは私の中の「罪」に繋がっている

寂しいと思う「心のすき」に罪の根が宿るのだと思う

ニンゲン何歳になっても色の欲は抜けないのだということを感じる

そのようなものから身を守るためにも、

やはり夫とは今日から寝所をともにしよう

今日の聖書通読箇所
創世記  18章
旧約聖書を一日一章読んでいます

こんなアプリが登場した

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