人生の節目にあたり、私が目指すこと

昨日の夕ごはん

牛肉とれんこんの甘辛いため、
マカロニサラダ、
ほうれん草の胡麻和え、
玉ねぎとあおさの味噌汁
六穀米入りご飯
ぶどう

30年ぶりの再会から受けた恵み

30年ぶりに再会した知人女性によって、心洗われる経験をした私

彼女は「今ここに生きている」ということをも感謝の言葉で現した

自分には住む家がある、毎日の食事が与えられている、

今日も一日事故や病に倒れることなく無事に過ごすことができた

当たり前だと思いなんの感謝もなく過ごしていることが、

どんな恵みであるかを彼女の言葉から感じた

我が身を振り返る

ほんとうに恥ずかしい話しだが、

私は独身時代JTBでチケットを手配してもらい一人で飛行機に乗っていたが、

ネット社会になってから自らチケットを予約して飛行機に乗らぬまま今日を迎えた

私が空路で移動する時はいつも夫と一緒なので、すべて夫任せ

今回もホテルの予約を含めすべて夫が手配し、移動時は夫のあとをついて回った

家では私が主導権を握り夫にあれこれ指示を飛ばすのに、

空港に着いたとたん、子どものように夫を見失わぬよう従い歩く

なんとゲンキンな私であろう、、、

いざ一人で移動しなければならなくなったら、

ネットで調べ、人に聞くなり、案内板を見て飛行機に乗ったり、

東京の電車に乗れると思う

しかし、今は夫に甘えて引率されるまま移動している

飛行機はともかく羽田に着いたら、さっそく目的地に向けて移動せねばならない

おびただしい人の波が押し寄せる

人、人、人

私は夫の後ろ姿を見失わぬよう夫の背中だけを見て歩いた

こんなにもたくさんの人が溢れているのに、私の頼りとなる人は夫以外いない

そう思うと夫が妙に慕わしく、普段夫に触れもしないのに、

その手に触れてみたいという気持ちになったりした

夫も私がちゃんと後をついて歩いているか、時折振り向く

それが嬉しくて、むしろ一人で東京のマチを歩けないほうが良いのだという気持ちになった

しかし、式が終わり当地に戻ると、

またもや「夫などいなくとも私一人で大丈夫」という気持ちになり、

夫が煙たく鬱陶しい存在と感じた

ほんとに私というニンゲンはどこまで自己中心な人間なのだ、、、、

このことからも人は弱くなった時に謙遜になり、強くなった時高慢となることがわかる

してみると弱いことは悲しむべきことではないのかもしれない

自分の弱さを自覚することで、

謙遜で他人の弱さも受け入れられる寛容な人となる機会をいただくからである

30年ぶりに再会した知人は、

かつての人をさばく人から、その弱さに寄り添えることができる人へと変貌を遂げていた

人は変わることができる

これは私にとって大きな励ましである

目指すは「自己中心からの脱却」

昨日これからの私の生きる目標に関して触れたが、

私はなにか大きな目標を立てるのではなく、

もっと身近なことに心を砕くことを目指したいと願っている

それは一言で言うなら「自己中心からの脱却」である

私と毎日生活をともにしている夫、そして私が出会うひとたちに、

あなたは私にとってかけがえのない存在です、という感謝の気持ちが、

相手に伝わるような生き方をしたい

また、相手に自分の持ちうるものを喜んで差し出すことのできる心がほしい

そして願わくば、

人の欠点ではなく、良いところを見いだすことが出来る目がほしい

私はそれをあきらめずに求めて生きたい

やみの中に輝く光を求め、光に向かって歩みたい

この私にできるだろうか、、、

還暦を数年後に控えた私は次第に知力体力が衰えていくだろう

今までそのことを恐れていたが、

弱くなることを恐れずに、

消えてゆくものに心を奪われるのではなく、

目に見えない大切なものに心を留めることができるように、、、、

残された地上での時間、

そのことを切に求めて新たな一歩を踏み出そうと願う



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