夫の「キミとは仕方なく結婚した」の言葉に・・・


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今日の夕ごはん

豚肉の生姜焼きと野菜炒め、ニラの海苔和え、じゃがいもとわかめの味噌汁

夕方、友人と長電話でご飯を炊く機会を逃したので、

冷凍ご飯 (^o^;)

夫の「キミとは仕方なく結婚した」の言葉に・・・

夫と友人らが集う会に出席した

互いの昔話になった

夫が珍しく自分の過去の苦い経験について語りだした

夫の父親は、

戦前若くして駅の助役になり、これからという時招集された

兵役中に肺を病み、戦後それが元で復職叶わず、

家業である農家で生計を立てるも、

東北の地で満足な収益が得られず、東京へ出稼ぎに・・・

東京で倒れてからは、農業だけで頑張ったが、

祖父母や重い障害のある姉や下のきょうだい達もいて、

生活は常に厳しかった

「戦争さえなかったら、自分は駅長になって出世していただろう」と、

毎晩焼酎のお湯割りを飲んでは同じことを繰り返し言っていた

夫はそんな父親の毎日にうんざりして、

一日も早く家を出ることを願い、

実家から遠い大学に進学した

ところが、進学の動機が「家を出る」ことだったために、

大学に入学してから目標った夫は、

間もなく心身に不調を覚え登校できなくなった

休学中は貧しい実家の両親に迷惑をかけたくないと、

建築現場で働き生活費を稼いだ

ところで、私と夫が知り合ったのは、休学期間も終わりを迎え、

退学か復学か選択しなければならない時期だった

夫は退学する意思を固めていたが、私は復学を勧め、

夫は復学することにした

それからの三年間は、義兄や親戚の経済的支援を受け学業に励んだが、

後半はほとんど私の住むマンションで同棲生活を送った

当時私は既に働いていたので、

夫から生活費を取ることもせず、夫の生活に必要なものは私が購入した

私は夫と結婚したいので、夫に貢いでいたのかというとそうでもない

ただ夫と一緒にいることが楽しかったのだと思う・・・

話しを戻そう

そんな生活をしていた夫もいよいよ大学を卒業する時が来た

夫は某所に内定していたけれど、

私はそこに就職となると、結婚したら地元を離れることになるので、

そうなったら別れようと思っていた

夫は夫で、内定を取っていたのに、別の職種の入社試験を受けた

自分ではそちらが受かると思っていたらしいが、

すべて落ちたところで現実をようやく理解したという

夫は、そこで内定したところを断り、私と結婚を選んだ

私はなんとしても地元を離れたくないと言っていたので、

夫は私を選んだということになっていたが、

夫は友人らの前ではっきりと「仕方なく妻と結婚した」と言った

やはりそうかと思った

私と別れるのが嫌というより、

内定した会社に行くことに迷いがあったのだろう

あの時、もし夫が希望の職種に職を得たら、

恐らく、私と結婚はしなかったと思う

改めて夫の口から「仕方なく」と聞いて、ショックといえばショックだが、

どこかでほっとした部分もある

私は実家を出たくなかったので、

親と同居してくれる夫を望んでいた

なので、夫が内定を断って私の親の家業を継いでくれることになった時、

とても嬉しかった

もし、夫が他に就職したら、私は私で卒業と同時に夫と別れていただろう

未熟な二人の実家での生活は三年しか持たず、

結局息子が1歳の時、親の家を離れて都会に転居

一から出直すことになる

あれから三十年、

孫がいるような年まで夫とともに齢を重ねた

夫は「仕方なく」結婚した私に、よく尽くしてくれた

もちろん若い時には互いに失敗も重ねたが、

それでも許し許され苦楽を共にしてくれたことに感謝したい

「キミしかいない!」と熱烈な求婚を受けて結婚したわけではないけれど、

だからこそ、私に対して失望した時もあったろうに、

それでも夫としての責任を果たしたことを尊敬する

今日は「結婚生活」を通して、

「夫婦とは何か」を、考える機会が与えられたことに感謝した


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